大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)20号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡部勇二の上告理由第一ないし第三点について。

被上告人は、昭和四〇年七月その所有する原判決添付目録記載の建物(以下本件建物という。)を訴外阿部勝弘に賃貸し、以来阿部が本件建物で飲食店を経営していたこと、上告人は、昭和四一年二月二一日阿部から右飲食店の営業および本件建物の賃借権を譲り受け、同年三月一日以降本件建物を占有するに到つたが、右賃借権の譲渡について被上告人の承諾が得られなかつたこと、被上告人は、同年四月一四日阿部に対し賃借権の無断譲渡を理由として本件建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、ついで、被上告人主張のとおり本件建物について、建物明渡請求権に基づく強制執行を保全するため、上告人の占有を解いて執行吏の保管に移し、第三者に占有を移転することを禁止して上告人にこれを使用せしめる旨の占有移転禁止の仮処分決定を得、同年六月九日これを執行したこと、ところが、上告人は、同年七月一八日阿部に本件建物を引き渡し、同日以後本件建物の現実の占有をしていないこと、以上の事実は、原判決の適法に確定するところである。

ところで、本件のような不動産に対するいわゆる占有移転禁止の仮処分決定は、仮処分債務者が不動産の占有を他に移転することを禁止し、もつて本案訴訟の確定判決に基づく当該不動産の引渡または明渡の執行を保全することを目的とするものであるから、右仮処分決定に基づく執行を受けた仮処分債務者が、右決定に違反して第三者に当該不動産の占有を移転しても、仮処分債務者は、仮処分債権者に対してその占有喪失を主張することは許されないものというべく、したがつて、仮処分債権者は、仮処分債務者の占有喪失につきなんら顧慮することなく、右仮処分債務者を被告としたままで、本案訴訟を追行することができるものと解するのが相当である。前記確定の事実関係のもとにおいては、上告人のした本件建物の引渡は、本件仮処分決定に違反したものであるから、仮処分債務者である上告人は、仮処分債権者である被上告人に対しその占有を喪失したことを主張することは許されず、したがつて、原審が上告人を本件建物の占有者として上告人に対し本件建物の明渡を命じた判断は、正当として是認することができる。所論は違憲をもいうが、その実質は右の点に関し、単なる法令違反ないしは事実誤認をいうにすぎず、所論引用の大審院判例は、本件と事案を異にして適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第四点について。

原判決の適法に確定する事実関係によれば、上告人が被上告人に対し昭和四一年四月一日以降同年一〇月一二日までの間につき、賃料相当の損害金として、一ヵ月金五万二〇〇〇円の割合による金員を支払うべき義務がある旨の原判決の判断は正当として是認することができる。所論は、違憲をもいうが、その実質は原判決を正解しないで、単なる法令違反ないしは事実誤認をいうにすぎない。原判決に所論の違法は認められず、論旨はすべて採用することができない。

同第五点について。

所論の明渡断行の仮処分決定に基づく執行によつては、かりの履行状態が作り出されているにすぎないから、所論の点に関する原判決の判断に所論の違法はない。したがつて、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田 誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例